大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

前橋地方裁判所 平成8年(行ウ)11号 判決 1999年8月06日

原告

佐野義之

右訴訟代理人弁護士

桜井和人

被告

館林税務署長 新山幸男

右指定代理人

大圖明

須藤哲右

中山哲一

山畑昌子

川田一夫

瀧野嘉昭

黒尾眞澄

磯野宏

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の求めた裁判

1  被告が原告に対し、平成三年一二月二四日付でなした原告の昭和六三年分の所得税につき納付すべき税額を一億三三九四万二二〇〇円とする更正処分のうち、総所得金額一三二二万五〇〇〇円を超える部分、還付金の額に相当する税額二五万二七〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税六〇〇〇円及び重加算税四六九四万二〇〇〇円の各賦課決定処分をいずれも取り消する部分、還付金の額に相当する税額二五万二七〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税六〇〇〇円及び重加算税四六九四万二〇〇〇円の各賦課決定処分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、被告に対し、株式の譲渡にかかる分離短期譲渡所得税の申告漏れを理由とする第一1記載の更正処分(以下「本件更正処分」という。)並びに過少申告加算税(以下「本件過少申告加算税」という。)及び重加算税(以下「本件重加算税」という。)の各賦課決定処分(以下、これら三つの処分を併せて「本件課税処分」という。)について、かかる申告漏れはなく、本件課税処分には事実を誤認した違法があるとして、第一1記載の範囲でその取消しを求める事案である。

二  争いのない事実等(以下、認定に使用した証拠等は括弧内に掲げる。)

1  当事者等

(一) 原告は、昭和五八年四月、足利銀行を退職して早稲田開発株式会社(以下「早稲田開発」という。)に入社し、昭和六一年四月一一日、当時の同社代表者で現在永徳屋商事株式会社の代表者である須田文夫(以下「須田」という。)に代わり早稲田開発の代表者となった。

(二) 深町金市(以下「深町」という。)は、足利銀行に勤務していた当時、原告と同じ本庄支店で勤務していたが、原告が昭和五八年三月に同行を退職した後、深町も原告からの誘いに応じて同年六月退職して永徳屋商事に入社し、原告が永徳屋商事から早稲田開発を買収するのに伴い、早稲田開発の従業員となりパチンコワセダの管理を任されていた(乙五)。

(三) 小林昇(以下「小林」という。)は、運送業を営む上里産業株式会社(以下「上里産業」という。)の代表取締役であり、原告とは、原告が足利銀行本庄支店に勤務していた同時、上里産業に出入りしていたことから知り合った(乙四、弁論の全趣旨)。

(四) 片見佶(以下「片見」という。なお、深町、小林及び片見の三名を「深町ら三名」という。)は、現在日本ベロー株式会社(以下「日本ベロー」という。)の副社長であるが、原告とは、原告が足利銀行本庄支店に勤務していた当時日本ベローの前身である本庄食品にスカウトされて同社に入社し、片見も昭和六二年頃足利銀行から日本ベローに出向したことから知り合った(乙八)。

2  原告らによる中田不動産株式会社の株式の売買

(一) 早稲田開発は、昭和六二年一一月三〇日、中田不動産株式会社(以下「中田不動産」という。)から、その株式(以下「本件株式」といい、同株式を表章する株券を「本件株券」という。)全部(七二〇〇株)を取得した。

(二) 本件株式のうち三二〇〇株については、名義上、昭和六三年一〇月二八日、早稲田開発から、代金合計二億四四〇〇万円で、原告が一〇〇〇株、深町及び片見が各八〇〇株、小林が六〇〇株をそれぞれ取得した。

また、残りの四〇〇〇株については、名義上、同月二九日、早稲田開発から、代金合計二億九四〇〇万円で、須田、石原武彦(以下「石原」という。)、原田昭美(通称は原田照美。以下「原田」という。)及び今井るみ子(以下「今井」という。なお、石原、黒田及び今井の三名を「石原ら三名」という。)の四名が各一〇〇〇株を取得した。

(三) 本件株式は、昭和六三年一一月三〇日、エム・ユー・シー企画有限会社(代表者本橋雄亮。以下「MUC企画」という。)に譲渡され、譲渡代金として合計九億一四六〇万円の授受が行われた。

(四) 右譲渡金の内訳は、別表一<1>欄のとおりである。

3  原告の確定申告

原告は、別表一の計算に基づき、本件株式のうち原告名義の一〇〇〇株の譲渡による所得が所得税法(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの。以下同じ。)九条一項一一号の非課税所得に該当し、また、同法施行令二八条(事業等の譲渡に類似する有価証券の譲渡の範囲)一項一号には該当しないとして、昭和六三年分の所得(株式譲渡による分離短期譲渡所得)としては申告せず、平成元年三月一四日、昭和六三年分の総所得金額を一三二二万五〇〇〇円、還付されるべき税額を二五万二七〇〇円とする確定申告をした。右確定申告の内容は別表二の確定申告欄のとおりである。

4  本件課税処分

被告は、本件株式の売買名義に拘わらず、本件株式譲渡益のうち、深町ら三名の譲渡益については原告に、石原ら三名の譲渡益については須田に、それぞれ帰属するものと認定して、次の5の算出方法に従って税額を算出し、原告に対し、平成三年一二月二四日付で本件課税処分をした。

本件課税処分の概要は、別表二の更正処分等欄記載のとおりである。

5  本件課税処分の算出方法

(一) 本件更正処分

(1) 原告の昭和六三年分の所得金額

<1> 総所得金額(給与所得) 一三二二万五〇〇〇円

<2> 分離短期譲渡所得の金額 二億一一五八万四五〇円

ア 本件株式のうち、深町ら三名の名義による譲渡益が原告に帰属するとした場合、原告及び深町ら三名の本件株式譲渡益の合計額(二億一四一〇万円)は、原告らの本件株式の譲渡益合計額三億七六六〇万円の五六・八五パーセントに当たるから、原告の売買した株式は、計算上、全株式数七二〇〇株の五六・八五パーセント、すなわち四〇九三株に相当することになる。

イ 右の場合、所得税法施行令二八条一項一号の事業等の譲渡に類似する有価証券の譲渡(有価証券に化体した土地の譲渡)に該当し、同法九条一項一一号の非課税処分に当たらず、課税所得となり、また、本件株式を発行する中田不動産が有する不動産は、その価額が同社の試算の価額総額の九三・八一パーセントに相当し、租税特別措置法三二条(短期譲渡課税の特例)二項及び同法施行令二一条五項に該当することから、分離短期譲渡所得となる。

ウ 本件株式のうち、原告及び深町ら三名が取得したとされる株式をMUC企画に譲渡した時に納付した有価証券取引税(収入印紙代)は、合計二五一万九五五〇円である。

エ 右アの原告及び深町ら三名名義の本件株式譲渡益合計二億一四一〇万円から、右ウの譲渡費用を控除すると二億一一五八万四五〇円となる。

(甲一、二の1、弁論の全趣旨)

<3> 所得から差し引かれる金額 一七八万七九六〇円

社会保険料控除七四万四九六〇円、生命保険料控除五万円、損害保険料控除三〇〇〇円、配偶者控除三三万円、扶養控除三三万円及び起訴控除三三万円の合計額

なお、本件株式のうち、深町ら三名の名義による譲渡益も原告に帰属するとした場合、<1>と<2>の合計所得額が二億二四八〇万五四五〇円となり、所得税法八三条の二(配偶者特別控除)第三項の適用要件を充たさないから、原告に配偶者特別控除の適用はないことになる。

(2) 課税される所得金額

<1> 課税総所得金額 一一四三万七〇〇〇円

右金額は、(1)<1>総所得金額(給与所得)から(1)<3>所得から差し引かれる金額を控除し、国税通則法一一八条(国民の課税標準の端数計算等)一項により一〇〇〇万円未満の端数を切り捨てた額である。

<2> 課税分離短期譲渡所得の金額 二億一一五八万円

右金額は、(1)<2>分離短期譲渡所得の金額から国税通則法一一八条一項により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた額である。

(3) 算出税額

<1> 課税総所得に係る算出税額 二六七万四八〇〇円

右金額は、(2)<1>の課税総所得金額に昭和六三年分の所得税の臨時特例に関する法律(昭和六三年法律第八五号)に規定する税率を適用して算出したものである。

<2> 課税分離短期譲渡所得に係る算出税額 一億三四一二万八九四〇円

右金額は、(2)<2>の課税分離短期譲渡所得の金額に租税特別措置法三二条(短期譲渡所得の課税の特例)を適用して算出したものである。

(4) 源泉徴収税額 二八六万一五〇〇円

(5) 納付すべき税額 一億三三九四万二二〇〇円

右金額は、(3)の算出税額から(4)の源泉徴収税額を控除し、国税通則法一一九条(国税の確定金額の端数計算等)一項により一〇〇円未満の端数を切り捨てた額である。

(二) 本件過少申告加算税

本件更正処分により原告が納付することとされた所得税額(本件株式の譲渡による所得を除いた所得に対応する本件更正処分額と確定申告額との差額)につき国税通則法六五条(過少申告加算税)を適用すると、六〇〇〇円となる。

(三) 本件重加算税

原告が本件株式の取得、譲渡及びその譲渡益の名義人につき仮装したとして、右株式譲渡による所得について国税通則法六八条(重加算税)一項を適用すると、四六九四万二〇〇〇円となる。

6  不服申立て

(一) 原告は、右各処分を不服として、平成四年二月二〇日、関東信越国税局長に対し異議申立てをした。しかし、関東信越国税局長は、同年五月二〇日、右申立てを棄却する旨の決定をした。

(二) 原告は、右決定を不服として、平成四年六月二〇日、国税不服審判所長に対し審査請求をした。しかし、国税不服審判所長は、平成八年六月二七日、右請求を棄却する旨の裁決をし、右裁決書の謄本は同年八月一日原告に送達された(甲二の1、2、三)。

前記確定申告から裁決に至る経過の概要は別表三のとおりである。

三  主たる争点

深町ら三名の名義による株式取引の譲渡益が、その名義に拘わらず原告に帰属するか。

1  被告の主張

原告は、本件株式の売買に当たり、その譲渡益が課税所得に該当しないよう、本件株式の売買名義を深町ら三名に分散し、深町ら三名が売買したと仮装したもので、深町ら三名の譲渡益相当額は原告に帰属する。

このように解すべき理由は以下のとおりである。

(一) 深町ら三名が本件株式を購入するに当たり、貸主をいずれも原告とし、借主をそれぞれ、深町、片見、小林とする各「借用金之證」が作成されているが、これが作成されたのは昭和六三年一一月下旬頃であり、形式だけのものであるから金銭消費貸借自体存在しない。

(二) 本件株式売買による譲渡益は、その殆どを原告と須田が享受しており、正常な取引とは認められない。深町らの得た利益(六〇万円又は一〇〇万円)は本件株式の譲渡に係る単なる名義貸料である。

(三) MUC企画との間の本件株式売買の交渉は、もっぱら原告が、昭栄ハウジング株式会社(以下「昭栄ハウジング」という。)代表取締役の梁瀬祐右(以下「梁瀬」という。)を通じて行っており、深町ら三名がMUC企画と交渉した事実は存在しない。また、本件株式の売買代金の定め方も、本件全株式及び仲介料について総額で一一億円とするというものであって、原告や深町らがMUC企画との間で、個別に相対で本件株式の売買価格を決定した事実も存在しない。

(四) 原告は、深町らに名義貸しの依頼をしている。

(五) 本件株式には株式会社住総(以下「住総」という。)の早稲田開発に対する貸付金を被担保債権とする担保権が設定されていたところ、深町ら三名が所有権を所得したというのであれば、株式に設定されている担保権を消滅させる必要があるが、その手続は行われていない。

(六) 原告は、深町らが本件株式を取得したのは、中田不動産が所有する建物からの立退問題があり、早稲田開発からの懇請があったためであると主張するが、原告及び深町ら三名が本件株式を取得する際には、右立退問題は既に解決していた。

(七) 本件株式売買に係る有価証券取引書を作成したのは平成元年一一月ないし一二月であり、これは原告の依頼に基づくものであって、印紙代についても原告が負担している。

2  原告の主張

本件株式取引の譲渡益は、原告及び深町ら三名それぞれに帰属し、各人ごとに所得税法の規定が適用されるべきである。

このように解すべき理由は以下のとおりである。

(一) 深町ら三名は、本件株式を購入するに当たり、自己資金一〇〇〇万円を準備し、不足分を原告から借り入れたが、これは通常の金銭消費貸借契約である。深町ら三名は、後日、本件株式を売却したときにその売却代金をもって原告に返済している。

(二) 原告が深町ら三名から高額な譲渡益を得たとしても、従前の投下資本と労力から見れば理由がある。深町ら三名は六〇万円ないし一〇〇万円程度の譲渡益があればよいとのことで、取引者全員が納得して取引が成立した。

(三) 株式売買の交渉の場合、当事者全員が交渉に当たる必要のない場合があり、委任を受けた少数者間で交渉が行われることが多いのが取引の実情である。深町ら三名は本件株式売買に関し原告に一任していたのであって、MUC企画との交渉及び売買価格の決定につき当事者として関与していた。

(四) 原告が深町ら三名に名義貸しを依頼した事実はない。本件株式の引取り要請を受けた深町ら三名も各人がそれぞれ独自の判断で本件株式の購入を決定した。

(五) 本件株式に設定された住総の担保権を消滅させていないからといって、深町ら三名が本件株式を取得していないことにはならない。本件株券は、早稲田開発から原告及び深町ら三名に売却された以後も住総に担保として預けられており、原告の手にも渡っていなかった。

(六) 深町ら三名が本件株式を取得したのは、中田不動産が所有する建物からの立退問題があり、早稲田開発からの懇請があったためである。

第三争点に対する判断

一  前記争いのない事実等、乙二、三号証に加え、後記括弧内に掲げた各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  本件株式譲渡等の経緯

(一) 原告は、昭和六三年三月ないし四月ころ、梁瀬に対し、中田不動産の株式を代金九億円くらいとする売却方の斡旋を依頼した。中田不動産は埼玉県本庄市二丁目二八八一番一他一筆の土地及び建物(以下「中田土地建物」という。)を所有していたため、右株式売買の実質は中田土地建物の売却であった。梁瀬は、建物入居者に対する明渡しの裁判が行われていたことなどから、右依頼について即答しなかった。

(二) 同年一〇月頃、原告は、梁瀬に対し、右明渡しの裁判につき和解が成立したので、和解金等の費用を上乗せして代金一一億円で本件株式の売却を仲介して欲しい旨依頼し、梁瀬は本橋誠一とその息子の本橋雄亮(以下「本橋」という。)にその旨伝えたところ、本橋の経営するMUC企画が本件株式を購入することになった。

(三) 本橋は、梁瀬から、本件株式の売買代金について、売買契約締結の二、三日前に売買に際して支払う小切手を幾つかに分けて切るよう依頼されたため、梁瀬からの指示どおりの額面の小切手を三菱銀行吉祥寺支店で作成した。

(四) 深町ら三名は、原告から、株式の購入金額について、一〇〇〇万円用意するよう指示され、いずれも昭和六三年一一月二九日、深町は、伊勢崎信用金庫から五〇〇万円を、残りの五〇〇万円は同日付で実父からそれぞれ借り入れて、小林は、上里産業振出の小切手により一〇〇〇万円を借り出して、片見は、足利銀行から一〇〇〇万円を借り入れて、それぞれこれを原告名義の預金口座に振り込んだ(乙四、五、八、九、原告本人)。

(五)(1) 本件株式の売買契約の締結は、昭和六三年一一月三〇日、昭栄ハウジングの事務所において行われたが、本橋は、株券の確認を行った後、持参した小切手を原告に渡し、原告から領収証三通を受け取った。

(2) 右領収証の内容は、一通が金額四億五八一〇万円で作成名義人として「片見他3名代表深町金市」と記載され、一通が金額四億五六五〇万円で作成名義人として「原田他3名代表石原武彦」と記載されているものであり、残りの一通は中田不動産への貸付代金及び金利分として早稲田開発が受領した金額一億二五四〇万円のものであった。

この他、本橋は、梁瀬に対し、手数料として六〇〇〇万円を支払った。

(六)(1) 深町は、昭和六三年一一月三〇日、原告から、本件株式のMUC企画への売買代金として授受した小切手のうち額面五七〇〇万円のものを受け取り、同日これを取り立て、同年一二月七日、銀行借入分の五〇〇万円及び実父から借りた五〇〇万円を払い出して返済し、一〇〇万円を払い出して妻名義で定期預金とし、その後、同月二一日、四六〇〇万円を払い出して原告に渡した(乙五)。

(2) 小林は、昭和六三年一一月三〇日、原告から、右(1)の小切手のうち額面四二六〇万円のものを受け取り、これを富士銀行前橋支店小林昇名義の口座に預け入れた。同年一二月七日頃、右口座から一〇〇〇万円を引き出して上里産業に返済し、平成元年一月一三日頃、三二〇〇万円を引き出して原告に渡し、手元に残った六〇万円を受領した(乙四)。

(3) 片見は、昭和六三年一一月三〇日、早稲田開発事務所において、原告から右(1)の小切手のうち額面五七〇〇万円のものを渡され、同年一二月一日これを足利銀行の自分名義の普通預金口座に入金し、同月七日付で外貨定期としたが、同月一四日これを解約して普通預金口座に入金し、一〇〇〇万円を自分の借入金の返済に充て、同月二〇日に四六〇〇万円を原告の口座に振込、残りの一〇〇万円を受領した(乙八、九)。

(七) MUC企画が本件株式を取得するに際しては、総額で一一億円という話があったのみで、一株いくらで評価するという話はなされず、MUC企画も株券の取得代金として支払った九億一四六〇万円を前名義人の合計株数で取得した計算にしてあった。本橋は、前名義人の誰にいくらずつ売買代金が渡っているかは把握していなかった。

(八) 本橋は、昭和六三年一一月中に現地を見に行ったことがあるが、建物は既に立退きも終わっている様子で片づけられており、建物の借主の名前、立退料の金額等の話は一切聞いていなかった。

3  有価証券譲渡の非課税要件の教示

原告は、本件株式譲渡に当たり、前橋税務署に赴き、有価証券の取引について非課税となる方法について教えてもらいたい旨告げて、本件株式の譲渡が非課税となる要件についての説明を受けた(原告本人)。

なお、所得税法九条一項一一号によれば、有価証券の譲渡による所得は、事業又はその用に供する資産の譲渡に類するものとして政令で定める有価証券の譲渡による所得などを除き非課税とされ、右規定を受けた所得税法施行令二八条は、有価証券の発行法人の株主であって、当該法人の発行済株式総数の一〇〇分の一五以上の株式を譲渡したこと等の要件を満たす場合には、「事業又はその用に供する資産の譲渡に類する」有価証券の譲渡として非課税とはされないとしている。

4  「借用金之證」の作成

昭和六三年一〇月二八日付けで、原告を貸主、深町ら三名を借主とし、深町及び片見が各五六〇〇万円、小林が四二〇〇万円を借り受けたとする各「借用金之證」と題する書面が作成されている。

右金額は、原告が主張する深町ら三名が本件株式を取得した金額に相当している。

また、同月三〇日付けで、須田を貸主、石原ら三名を借主とし、右石原らが各五〇〇〇万円を借り受けたとする各「借用金之證」と題する書面が作成されている。

なお、右「借用金」については、原告と深町ら三名との間で、利息、担保等についての取決めはされていない(乙七、原告本人)。

5  有価証券取引書の作成

深町ら三名及び石原ら三名は、本件株式売買にかかる昭和六三年一一月三〇日付有価証券取引書を作成したが、深町ら三名の各取引書に貼付した印紙の代金は原告が負担し、石原ら三名の各取引書に貼付した印紙の代金は須田が負担した(乙七、原告本人)。

6  本件株券の保管状況

早稲田開発は、昭和六二年一一月三〇日、中田不動産からの本件株式の取得に当たり、住総から四億五〇〇〇万円を借り入れ、その際、本件株券を担保として住総へ差し入れたが、住総では、原告らからMUC企画への売却に伴う株券の受渡し及び代金の支払が行われた日の前日である昭和六三年一一月二九日まで右株券を貸金庫に預けており、同株券は、住総の担当者により同日貸金庫から出庫され、翌三〇日に右決済場所であった昭栄ハウジングの事務所に届けられた(甲七、乙六)。

二  名義貸しの依頼について

1  深町ら三名の供述

(一) 小林は、平成二年一月二三日、早稲田開発の法人税法違反嫌疑事件に関し、関東信越国税局収税官吏に対し、また、平成六年六月一四日、本件についての審査請求に関し、国税審判官に対し、原告及び須田から、昭和六三年一一月二六日頃、「中田不動産の株式売買に関して税務対策上、株式を売買する人の数が足りないので名義を貸してくれないか」と強く依頼されたため、パチンコワセダの事務所において、早稲田開発従業員の深町から指示され、中田不動産の株式を譲り受ける旨の有価証券取引書に氏名等を書き込んで作成した。平成元年一月一三日頃、残った六〇万円を名義貸料として原告から貰った旨の供述をした(乙四、六)。

(二) 深町は、平成二年一月二十三日、前記法人税法違反嫌疑事件に関し、関東信越国税局収税官吏に対し、昭和六三年一一月二九日の一週間くらい前に原告から、「一〇〇万円やるから、会社で持っている中田不動産の株式を深町の名前で売買するから名前を貸して欲しい」と頼まれ、名義を貸すことを了承した、昭和六三年一一月三〇日、原告から受領した額面五七〇〇万円の預手を取り立て、同年一二月七日、名義貸料として一〇〇万円を払い出して妻名義で定期預金とした旨の供述をした(乙五)。

(三) 片見は、平成二年一月二三日及び同年五月二〇日、前記法人税法違反嫌疑事件に関し、関東信越国税局収税官吏に対し、昭和六三年九月頃、須田から、早稲田開発で中田不動産の株を持っているとまずいから、株を引き受けてくれないかと依頼されたが、同年一一月頃にも須田から株を引き受けるため金を用意して欲しいと打診された、「金を都合してくれれば名義貸しのお礼として一〇〇万円やる」と言われたので、これを承諾し、足利銀行から一〇〇〇万円融資を受け、残りの金は原告が片見に貸すこととなった、一〇〇万円を名義貸しの礼金として受け取った旨の供述をした(乙八、九)。

2  (一) 右三名は、前記争いのない事実等1のとおり、いずれも原告の関係者であるところ、右各供述内容は具体的かつ詳細であり、特に、右各供述中、乙四、五、八号証の各質問てん末書は、平成二年一月二三日に実施された関東信越国税局の査察課による査察の際に供述したものであって、前記嫌疑事件の調査の初期段階になされたものである上、三名の各自宅において各別に供述したものであるにもかかわらず、供述内容にも矛盾するところがない。

(二) これに対し、深町は、国税副審判官に対する平成六年六月一四日付質問調書及び証人尋問において、右供述を翻し、また、片見は、国税審判官に対する同日付質問調書において、本件株式を自ら購入した旨の供述をしているが、これらの供述はいずれも、記憶に曖昧な部分が見られる上、具体的整合性に欠けるものであって、前記供述に比べ、その信用性は劣るものと言わざるを得ない。

(三) 原告は、深町が乙五号証の質問てん末書に名義貸しを認める供述をした旨の記載がある点について、国税局の収税官吏が朝から夜まで同人を自宅に軟禁状態にして供述させたものであって任意性のない内容虚偽の供述である旨主張するが、右供述は、同人の自宅においてなされたものである上、読み聞かせの後、誤りのない旨申し述べて自ら署名押印しているのであって、任意になされたものと認められ、また、右のとおり、供述自体の具体性や他の供述との整合性等に照らし、その供述内容には信用性があるものと認めることができる。

なお、原告は、早稲田開発の代表者として深町の査察時の言動を誤解して解雇し、その後、同人との訴訟において、名義貸しを否定する旨の和解が成立した点を掲げて深町の名義貸しを認める旨の供述に信用性がないことの証左であると主張するが、右和解は、前記査察の後に、原告と深町との間で合意、確認した事項を和解条項としたものに過ぎず、右名義貸しの依頼の認定を左右するに足りるものではない。

3(一)  さらに、原告は、深町ら三名が原告から本件株式購入資金を借り入れたと主張し、証人深町及び原告本人もこれに沿う供述をするほか、昭和六三年一〇月二八日付「借用金之證」の存在を指摘する。

(二)  しかしながら、右「借用金之證」の作成日付については、深町ら三名は、右1の各質問てん末書等において、三名とも一致して、昭和六三年一一月二九日から同年一二月上旬の間に、原告の指示により、日付を昭和六三年一〇月二八日に遡らせた「借用金之證」を作成した旨供述しているところであって、深町及び片見は、前記2と同様、その後右供述を翻しているものの、その記憶ははっきりせず、右各質問てん末書等に比較して具体性に欠けていることにかんがみれば、右各質問てん末書等の信用性は極めて高いものということができる。

(三)  右によれば、右「借用金之證」の作成日付は、いずれも原告が後日、日付を遡らせて作成させたものであると認めることができ、これに加え、前記認定のとおり、原告の主張する貸付には、利息、担保等の取決めがないこと、深町ら三名は、既に本件株式の売却が決まっているにもかかわらず、MUC企画への譲渡の日の前日に、金融機関等から借入等を行った上で右借入金の一部として各一〇〇〇万円を原告の口座に振り込んでいること自体不自然であること、右三名は、本件株式売却代金である小切手を預かり、それぞれの預金口座に入金し、後日、右売却代金から一〇〇〇万円及び各名義貸料を控除した額を原告に交付(送金)していることなどにかんがみると、原告の深町ら三名に対する金銭消費貸借契約が成立していたと見ることは到底できない。

4  以上を総合すれば、原告は、深町ら三名に対し、本件株式譲渡に関し名義貸しを依頼していたものと認めることができる。

三  有価証券取引書について

1  原告は、深町ら三名のMUC企画に対する本件株式譲渡につき、各別に昭和六三年一一月三〇日付けで有価証券取引書が作成されていることをもって、深町ら三名が本件株式取得及び譲渡当事者であることの証左であるとする。

2  しかしながら、右有価証券取引書の作成日付についても、深町ら三名は、右二3の「借用金之證」と同様、各質問てん末書等において、平成元年一二月上旬ころ(片見は、同年一〇月下旬か一一月初めころ)、いずれも原告から、日付を昭和六三年一一月三〇日に遡らせて有価証券取引書を作成するよう言われて作成した旨一致した供述をしているところであって、深町及び片見は、前記二2と同様、その後右供述を翻しているものの、右各質問てん末書等に比較して具体性に欠けている上、特に、片見は右質問てん末書において、「今から三ヶ月前だから平成元年の一〇月下旬か一一月初め頃だったと思う」旨極めて具体的な供述をしており、平成二年五月一〇日付質問てん末書においても、これを肯定する旨の供述をしていることなどに照らせば、右各質問てん末書等の信用性は極めて高いものということができ、したがって、右有価証券取引書は、原告の指示において、後日作成されたものと認めるのが相当であり、原告主張の証左たり得ない。

四  深町らの本件株式購入目的について

1  原告は、原告及び深町ら三名が早稲田開発から本件株式を取得した理由は、中田不動産所有の建物からの立退きを渋るテナントの権利主張や民事介入暴力による被害等といった早稲田開発内の深刻な事情が存するとともに、原告らとしても、将来価値が生じることを予測して借金をしてでも本件株式を買っておけば損はないと考えたことによるものと主張する。

2  しかしながら、証拠(乙一、二、原告本人)によれば、右立退問題は、昭和六三年一〇月二〇日には、全員と和解交渉が成立し、一件を除いてすべて解決していたのであって、残った一件についても、和解成立後、借主が和解金を受領したが、室内に荷物を置いて鍵をかけたまま行方不明になったというものであって、形のうえでは一応の解決がついていたものであることが認められ、右時点においては、既に民事介入暴力による攻撃を分散するという目的自体ほぼなくなっていたものというべきである上、同月二〇日ころには、MUC企画は本件株式の購入を決めていたというのであるから、早稲田開発が既に転売の決まっている中田不動産所有の建物の立退問題の解決のために取得資金力のない深町ら三名に貸付を行ってまで本件株式を譲渡するということは、それ自体不自然であると言わざるを得ない。

五  譲渡益の分配方法について

1  前記争いのない事実等によれば、原告らの本件株式の譲渡益は、別表一<1>のとおりであるところ、原告及び須田の譲渡株式は、いずれも一〇〇〇株であり、本件株式数に閉める割合は、各一三・八九パーセントである。しかしながら、その売買価額をみると、原告の譲渡益は二億一一五〇万円で、譲渡益合計額に閉める割合は五六・一六パーセント、須田の譲渡益は一億五九五〇万円で同割合は四二・三五パーセントであり、他方、深町ら三名及び石原ら三名の譲渡株式は、六〇〇~一〇〇〇株であるが、その譲渡益は、六〇万円又は一〇〇万円となっており、これらの譲渡益を合計しても全譲渡益に占める割合は、わずか一・四九パーセントに過ぎない。

なお、本件株式は、いずれも優先株や普通株の区別がない株式であり、早稲田開発から、原告らを経て、MUC企画に対して同一時期に譲渡されているものである。

2  原告は、右のとおり、原告及び須田と深町らとの間に譲渡益の差が生じたのは、中田不動産所有の建物からのテナントの立退問題の解決などに当たり、原告及び須田が多大な労力、費用を投入したのに比して、深町らによる寄与が相対的に低いことによるものであると主張する。

3  しかしながら、株式の価額は、本来、会社の資産状態及び経営状況等により決定されるべきものである上、本件株式がいずれも優先株や普通株の区別がないもので、早稲田開発から、原告らを経てMUC企画に対して同一時期に譲渡されていることをも考慮すれば、一般的に一株当たりの単価は同額とされるはずである。しかるに、本件株式の譲渡益の分配方法は、前記のとおり、名義上、原告及び須田の譲渡株式の本件株式数に占める割合は各一三・八九パーセントであるのに対し、原告の譲渡益の全譲渡益に占める割合は五六・一六パーセント、須田の同割合は四二・三五パーセントとされている一方で、深町ら三名及び石原ら三名の譲渡株式は、六〇〇~一〇〇〇株であるが、その譲渡益の合計額に占める割合はわずか一・四九パーセントに過ぎないのであって、仮に、原告の主張するような原告及び須田の寄与を考慮したとしても、本件株式の譲渡益の分配方法としては正常な取引の範囲を逸脱したものと言わざるを得ず、しかも、本件株式売買による譲渡益の分配は原告及び須田が決定したものであって、深町ら三名はこれに関与しておらず(乙二、三、七)、前記認定のとおり、深町ら三名は、いずれも原告から本件株式譲渡に関して名義貸しの依頼を受けていたことを認めることができるのであるから、深町ら三名の受領した右金員を本件株式の譲渡益と考えるのは相当でないと言わざるを得ない。

したがって、原告の右主張は採用することができない。

六(一)  前記争いのない事実及び右一ないし五に認定し、判示した諸点、特に、<1>MUC企画との間の本件株式売買の交渉は、主として原告が梁瀬を通じて行っており、深町ら3名はMUC企画と交渉していない上、本件株式の売買代金も、本件株式の全株式及び仲介料について総額で一一億円とすると決められただけで、原告や深町ら三名がMUC企画との間で、個別に本件株式の売買価格を決定してはいないこと、<2>本件株式売買による譲渡益の九八・五一パーセントを原告と須田が享受していること、<3>原告は、深町ら三名に対し、名義貸しの依頼をしていること、<4>深町ら三名が本件株式取得のために原告から実際に借入をしたとは認められないこと、<5>原告は、深町ら三名のMUC企画に対する有価証券取引書を平成元年一〇月下旬以降、日付を遡って作成させている上、右取引書に貼付された印紙代を負担していること、<6>原告及び深町らが本件株式を取得する際には、中田不動産が所有する建物からの立退問題はほぼ解決しており、深町ら三名の本件株式購入目的に不自然な点が見られること、<7>原告は、本件株式譲渡が非課税となる要件について税務署から説明を受け、その知識を有していたこと、<8>本件株式には住総の早稲田開発に対する貸付金を被担保債権とする担保権が設定されていたが、深町ら三名は、本件株式を取得したとする昭和六三年一〇月二八日以降、本件株式に設定されている担保権を消滅させる手続をしていないなどに照らせば、原告は、いわゆる脱税目的で深町ら三名の名義を利用したものであって、深町ら三名の名義による本件株式譲渡益は、原告に帰属するものと認めるのが相当である。

(二)  また、深町ら三名の名義による譲渡益が原告に帰属するものとすれば、原告の本件株式譲渡益二億一四一〇万円は、本件株式の譲渡益合計額三億七六六〇万円の五六・八五パーセントに当たるから、原告の売買した株式は、全株式数七二〇〇株の五六・八五パーセント、すなわち四〇九三株とみるのが相当であり、前記争いのない事実等5(一)<2>のとおり、右譲渡益は、分離短期譲渡所得となる。

なお、原告の給与所得及び分離短期譲渡所得の合計額は二億二四八〇万五四五〇円となり、所得税法八三条の二(配偶者特別控除)第三項の適用要件を充たさないから、原告に配偶者特別控除の適用はないことになる。

(三)  さらに、右認定事実に照らせば、深町ら三名が原告から受領した金員は、いずれも名義貸料と認めることができるところ、右は、原告が、深町ら三名に対し、本件株式譲渡の名義人を仮装するために負担した手数料とみるべきであるから、公正処理基準に反する処理により法人税を免れるための費用というべきであって、本件株式譲渡にかかる必要経費と解することはできない。

七  原告は、仮定主張として、本件株式は、実質的には、早稲田開発が中田不動産から取得した上、MUC企画に譲渡したものとみるべきであって、発生した譲渡益につき早稲田開発に対し法人税法が適用されるべきである旨主張する。

本件は、平成八年法律第一〇九号による改正(削除)前の民事訴訟法(以下「旧民事訴訟法」という。)二四九条により準備手続に付されて主張及び証拠の整理が行われ、第八回準備手続期間において、深町ら三名の名義による本件株式の譲渡益が原告に帰属するか、原告及び深町ら三名に帰属するかが本件の争点として確認され、同期日調書に右内容が記載(別紙として添付)されて、右準備手続が終了したものであり、右争点をめぐって証人尋問及び原告本人尋問が実施された上で、弁論終結予定日である第六回口頭弁論期日において前記主張にかかる準備書面が提出されたことは、当裁判所に顕著であるところ、原告において、右につき著しく訴訟を遅延せしめざること及び重大なる過失なくして準備手続において右主張を提出できなかったことの疎明があるとは認められない。

したがって、民事訴訟法附則一三条、旧民事訴訟法二五五条一項により原告の右主張を却下することとする。

なお、仮に右主張を許すとしても、既になされた主張、立証の範囲においては、前記のとおり、原告が、株式数はともかく、早稲田開発から本件株式の相当部分を取得し、これをMUC企画に転売したことは明らかであって、実質的にみて、原告らが本件株式を取得したものではなく、早稲田開発から直接MUC企画に譲渡されたものであるとする原告の右主張は到底採用することができないことを付言する。

第四結論

以上によれば、本件株式譲渡益について、原告及び深町ら三名の譲渡益相当額が原告に帰属するものであって、右譲渡益を前提としてなした本件更正処分は適法であり、同処分により納付すべき税額の基礎となった所得(但し、本件株式の譲渡による所得の一部を除く。)につき、原告が確定申告の所得としなかったことについて国税通則法六五条四項の正当な理由があったとは認められず、原告に国税通則法六八条一項に定める「隠ぺい又は仮装」の事実があることも明らかであるから、本件過少申告加算税及び本件重加算税の各賦課決定処分もいずれも適法であって、原告の本訴請求にはいずれも理由がないことになる。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田村洋三 裁判官 舘内比佐志 裁判官関根澄子は差支えのため署名押印できない。裁判長裁判官 田村洋三)

原告と須田の本件株式の譲渡益の計算

<省略>

別表二

<省略>

別表三

本件各課税処分の経緯

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例